流産した時の事を書いています。
辛い経験を思い出したくない方は閲覧をご遠慮ください。
私も流産の話をブログで書くかどうかは本当に悩みました。
しかし、自身が流産した時に本当に辛く沢山の方のブログを読んで助けて頂いたので、もし私のブログを読んで誰かの力になる事ができるならと思って書かせて頂きました。
不快になる方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ございません。
私は顕微授精で不妊治療に挑戦しています。
今回は5回目の凍結胚移植の後のお話になります。
何の兆候もない流産だった
流産は珍しい病気でもなければ、妊娠初期にはよくある自然現象。そんな簡単な言葉で片付けられてしまう現象です。
とはいえ、実際に経験した人は待望の赤ちゃんを喪失する耐えがたい苦痛と言えます。
私は5回目の凍結胚移植をして2回目の妊娠をし、妊娠7週の時に不妊治療クリニックを卒業。その後9週の妊婦検診で、繫留流産していることがわかりました。
辛かった不妊治療もこれで卒業だ!!
やっと不妊治療から解放された・・・!!
1人目は最初の不妊治療で授かったので、2人目の治療が長引くとは思っておらず、妊娠したときはとても嬉しかったです。
そもそも不妊治療自体自分には関係ない、と思っていたので当然流産だって自分には関係の無い事だと思っていました。
そのため、産院を受診し医師に流産を宣告されるまで気付く事はずもありません。
出血や腹痛といった流産の兆候も、一切もありませんでした。
凍結肺移植で妊娠7週
不妊治療クリニックでの最後の受診が、妊娠7週の時でした。
無事心拍が確認出来、産院への紹介状を書いてもらいとても嬉しい気持ちでのクリニックの卒業でした。
凍結胚がまだ残っていましたので、3人目をどうしようか?等浮かれていました。
妊娠9週
産院へ転院して最初の受診が、妊娠9週の時でした。
今日は一緒に赤ちゃん見に行こうか!
上の子を喜ばせたくて、わざわざ保育園をお休みさせて一緒に来院していました。
医師の診察が始まり、子宮頸がんの検査が終わったら経膣エコーでそのまま妊婦健診へと移行しました。
赤ちゃんどれくらい大きくなってるかな?
もう人型になってるかな??
そんなワクワクした気持ちでいっぱいで、エコーを見ていました。
しかし、そこに映った子宮の中はからっぽになっていました。
え、何で?
どういう事?
この時点でも、流産だなんて夢にも思っていませんでした。
育ってないね・・・。
最後に診てもらったのって、いつ?
頭の中が真っ白になり、何も答える事が出来ずにいました。
その時、そっと小さな手が私の手を握ってきました。
上の子がいつの間にか内診室に入ってきていて、私の手を握ってにっこりとほほ笑んでいました。
その顔を見て、ハッと我にかえりました。
7週の時です。
流産してるね。
詳しくは診察室でお話します。
繋留流産の宣告
エコーに映った私の子宮の中は、ほぼ何も残っていない空っぽの状態でした。
組織もほとんど吸収されてしまっているので、おそらく前回7週の検診の後すぐに停止してしまっていると思います。
でも、一部組織が残っているので繋留流産です。
赤ちゃんがそのまま子宮の中で亡くなっていたり、その組織の一部が残っている場合は繋留流産と診断されます。
私の場合は、7週の検診のすぐ後に赤ちゃんは亡くなってしまい、9週の時にはほとんどの組織が私の子宮に吸収されてしまっていました。
流産後の後悔
もし7週の時にクリニック卒業してすぐに受診していれば、せめて8週の時に受診していれば・・・
沢山の後悔が襲ってきました。
妊娠初期の流産は胎児の染色体異常が問題だから、母親に責任はない。
そんな事は分かっていましたが、やはりとても後悔しました。
「私の行動の何がいけなかったんだろう?」
「あんなにグレードの良い良好胚だったのに、流産するはずがない。」
そして何より、上の子にきょうだいを作ってあげられなかった事がとても辛かったです。
もともと悪阻が全く無かった為、流産後も全く体調が変わる事もありませんでした。
しかし、もう赤ちゃんはいないのに胸の張りや腰痛がある事がとても辛かったです。
流産の手術
流産宣告から1週間後、残った組織の掻爬手術を受けました。
手術の当日、待合室で待っているとある妊婦さんのお母さんと思われる方が、里帰り出産の予約をしに来院されていました。
娘が●月●日に出産予定だから、里帰り出産の予約をしていんだけど・・・
受付でとても嬉しそうにお話しをされていました。
その出産予定日は、私の流産してしまった子供と同じ出産予定日でした。
そんな様子を見ていると、妊娠した事を母に伝えた時とても喜んでいた事を思い出しました。
同時に、流産してしまった事を伝えた時の母の顔も思い出し、涙を必死でこらえていました。
手術前室、隣の部屋には出産を控えた妊婦さんが・・・
手術の前室に通され、手術着に着替えていました。
鏡に映る自分のお腹を見て、なんだか少し膨らんでいるような気がしました。
赤ちゃんがいるわけではないのに、体はまだ妊娠していると思っている。
自分の体は妊娠してると思っているのに、現実はもう妊娠していない。
自分の心と体が、流産したという現実に追いついていない。
それがとても辛かったです。
そして、そんな時にふと聞こえてきた隣の部屋の声。
まさに今から出産を控える妊婦さんが、陣痛室に行く前の準備をしているところでした。
大丈夫?
もうすぐ赤ちゃんに会えるから、がんばろうね~!
今から流産の手術を受ける私には、あまりにも辛すぎる会話でした。
ポロポロと涙が流れて止まりませんでした。
掻爬手術
その後、手術前最後のエコーがありました。
奇跡が起こって欲しい・・・そう思っていましたが、やはり赤ちゃんはいませんでした。
やはり、繋留流産していますので、今から手術で残りの組織を取り除きます。
麻酔をしていきますね。
そこからは、あっという間に手術が終わりました。
前室で半日入院し、回復したら退院しました。
まとめ
5回目の胚移植で2人目を妊娠しましたが、妊娠7週で繋留流産という形で妊娠は終了してしまいました。
流産後は妊娠しやすいと言いますが、とてももう一度不妊治療を再開する気持ちにはなりませんでした。
それ程に流産はあまりにも辛く、心も体もズタボロになってしまいました。
そして何より、大切な赤ちゃんを失った喪失感でいっぱいでした。
しばらくは何も考えられず、心も体も休めたい。
不妊治療もしたくない。
ただでさえ弱っていた心に、流産手術当日の様々な出来事で完全に私の心は折れてしまいました。
この後立て続けに全身麻酔をしたことによる、壮絶な体調不良に襲われる事になるのですが、また次回以降まとめていこうと思います。